日本の刃物について
- Satoshi Kamata
- 5 日前
- 読了時間: 2分

「道具は買える時に買っておけ」と弓作りを教えてくれた方が話していた。良い道具を作る人やメーカーもずっと“いる”わけではないのだから、機会があるのであれば迷わず買っておけというのである。日本で消えようとしている仕事に大工道具の鍛冶がある。久々に都内の刃物屋さんに行くと、跡を継いだ息子さんが燃料費の高騰や後継者不足の現状を色々と話してくれた。ここでは以前弓職人のスーザン・リプキンスさんに頼まれて、特注で弓用の鑿を幾つかお抱えの鍛冶屋さんに作ってもらったことがある。郵送した刃物はリプキンスさんにとって黒檀を削るには少し硬すぎたようで、熱した油で適度になます方法を刃物屋のご主人が丁寧に教えてくれた。この時鑿を作ってくれた鍛冶屋さんは既に高齢でこの仕事を最後に引退して、工場を畳んだという。あわせるようにしてこの刃物屋さんの先代も身を引いて息子さんに店を託したようだ。
昔ミルクールには鍛治屋がいてナイフなどを作って地域の工房へ提供していたというが、近所に刃物店や道具を作ってくれる場所があるのが理想である。国内の現状では現役の鍛冶職人の多くは70代、80代で真っ先に無くなるのは鋸と目立ての技術だという。10年後、15年後には多くの道具で技術を継いでいく人がいなくなるそうだ。この伝統が目の前で消えていくのを傍観していては、日本の大工や家具、木彫そして弦楽器など多くの木工芸の未来に禍根を残すことになるが、部外者の我々がすぐに何かを出来るわけでもない。鍛冶屋創生塾なるものが土佐打刃物にはあって、2年で技術の習得が出来るという。それぞれの産地や道具においてそういったシステムが必要だが、継続して運営していくことが出来るのは製作者協会のようなものがあって、しっかりとしたビジョンを持った産地に限られるのだろう。我々には日本の刃物を使うことぐらいしか出来ないが、今年は燕三条でワークショップを計画して現場を見に行こうと仲間内で話している。伝統が続いていくことをただ願うばかりである。