
弓の改造における大半の依頼は、フェイスプレートをシルバーに変えて弓先を重くする、或いはフロッグやボタンを作り変える際に高さや重量を変えて欲しいといったものだが、中には書類のつくような弓をぶった切って短くして欲しいといった耳を疑うような無茶振りもある。無茶振りをするのは大抵音楽家で、それは昔からきっとそうだったのだろうなと思う。要望に応えていく中で弓が進化してきた経緯があるので、必ずしも全てを否定すべきではないのかもしれない。

18世紀に活躍したムシャンの弓はとても繊細で美しく手の込んだ装飾と可動の仕組みがあって、どのようにしてこの形に行き着いたのかを考えると、元々はクリップインの弓をネジ式に改造した経験から生まれたのではないかと考えている。クリップインの弓をネジで稼働するように改造された弓も現存しており、時代の変わり目にはそのような変更が加えられることが多くある。1740年代にはトゥルト兄弟の父であるピエール・トゥルトが既にモダンボウのようなフロッグの合わせとネジ機構を備えた弓をパリで作っていたので、普通に考えればムシャンのように手の込んだ機構をわざわざ考える必要はなかった筈だ。クリップインの改造から着想を得たのであれば、フロッグを付けていた箇所に象牙を嵌めて、ピンを打って、穴をあけてとあの形に行き着くことは発想の飛躍ではなく十分可能であって、もし誰かからクリップインの弓をネジ式に改造して欲しいと依頼があった場合、他のシステムを考えるほうが難しいかもしれない。

ムシャンと同じような機構を後年ペルソワが試していて、このシステムは当時一定の拡がりをみせた。ムシャンの弓は音が良い。音のことのみを考えるとモダンボウのようにがっちりとフロッグをスティックに固定するよりも、スティックにほぼ乗っかっているだけのムシャンの弓のほうがきっと音は良い。同年代に活躍したドゥシャンやトゥルト一家の作った弓に比べ、毛に接する箇所を象牙で極めて薄く、軽く作っていることも音の良さに関係がある。弓も弦によって張力をかけている楽器本体と考え方は似たようなもので、両エンドの素材や体積を変更すると音や手元/弓先で弾いた時の強さが変わるので、あの透かし彫りのような装飾にも重量を軽くしたいというムシャンの意図があるのだと思う。